荒川住民ひろばのTさんへ

  Tさん 
  あなたにあえて公開の手紙を書きます。お友達に読んでもらって、せのはひどいとなることもありだと思います。
  私達にはまだ、長い人生があります。これからもう会うこともないでしょうが、(私の行く会に参加しないでという私の願いをきいてくださると思います)「せの喜代を応援する会の高齢女性2名からTさんがいる会には行かないからごめんね」と言われたことを再度報告し、改めて、ご自分の冷たい言葉に気をつけてくださいとお願いします。もちろん私も気をつけます。
 何年前でしょうか。あなたが「ごはんを食べないから卒業式で倒れるのよ」と言って去った後、私は机をたたいて大泣きしました。ご飯を食べられるくらいなら苦労しない!!なんて上から目線の言葉だろうと私には思えました。鬱になるストレスが何かと考えていた私は、長年の、年上で指導者であるあなたから受けたパワハラに思い至りました。
  (つけくわえますが、その後、何回か倒れていますが、私が倒れることと食事は直接の関係は有りません。きめつけないでください。)
 だから、世話になった高齢女性が認知症になって、娘さんから相談を受けた時、母が参加できる介護予防の場として作った三河島くらぶに、その方を呼ぶために、あなたにはご遠慮願いました。
 そして、いろいろがあって、今年2月15日、私はボイストレーニングに久しぶりに参加しました。三河島くらぶには参加していないと思っていたあなたが、おられました。知っていれば行きませんでした。そして帰り道、私が一緒に帰ろうとしていた方の名前を遠くから大声で呼び招きました。少し前にその方から三河島くらぶにTさんを復帰させてくれと言われていました。
 私は考えました。あなたはおそらく、この人は私の友達なのよと示したかったのでしょう。もし用があるのなら、電話すればよいと思うからです。あなたはいつもそう、、、私が私が私が偉いのよって。
 もう私は堪えることができないのです。もう逃げるだけです。
 ですから、三河島くらぶの麻雀、折り紙、フラワーアレンジメント、源氏物語については、講師の自主運営としました。瀬野さんも来てくれと言う講師の方もおられますが、行かないつもりです。あなたのご希望通りに致しました。
 介護予防の取組はまた別の形で再開できますが、尾久初空襲と尾久の原公園の取組は今の形の継続しかありえません。20年と半年前に野村圭佑さんに託されたこの2つの課題は私が、心血をそそいで取り組んできたものです。だから、私の願いを理解していただきたいと思います。

 そもそも、7人の皆さんが私が後継にしたかった障害児の母親に対して、立候補の要請をして決意させておきながら、「せのが信用できないのが6割、本人が右翼に囲まれているのが4割で選対を降りる」と通知してきた時点で、私は荒川住民ひろばと縁を切りました。この、70歳に近い活動家達が40歳のあまり経験のない女性に対してとった行為は私には絶対許せないものだからです。あまりにもむごい・・。彼女がどれだけ傷ついただろう、そのお詫びをどのようにしていくのか、私は悩んでいます。

どうかお願いです。強い気持ちの人間ばかりの社会ではありません。弱い人のもいるのだとわかっていただけませんか。

Hさんが議員にならなかったので荒川区民にはこの問題はほとんど関係がありません。ですから、Hさんが尾久初空襲のイベントに参加する姿を見るまで、私は、もう忘れようと思っていたのです。所詮、醜い仲間割れにすぎないのです。

私は、これでふっきるようにして、これからは、好きなことに集中します。

追伸
忘れないで下さい。Tさん他、計8人の方がそれぞれ、見解を示してくだされば、それが差別的なものでないなら、私は何も言いません。尾久初空襲のイベントにも尾久の原愛好会にもどうぞご参加下さい。

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