尾久の原初夏

 都議選が終わった。民主党のたきぐち学さんは惜しくも次点に終わった。気持ちを新たに出直そう。
50619 028.jpg 緑いっぱいの尾久の原(6月26日晴れ)
50619 006.jpg 今年はアカツメグサがこんなに群生。
50619 023.jpg ヤマグワの実。クワと同種というが、首都大学東京荒川キャンパス側にあるクワの葉はもっと大きい。
50619 020.jpg ヌマスギの実。別名ラクウショウ(落羽松)。杉なのに何故松なの?と思ったら「短枝に短い線形の葉が2列にならんでつき、ちょうど鳥の羽毛のようにみえること、秋になって紅葉が終わるとその短枝が葉と共に落ちてしまうことを表現したものですが、マツとは全く類縁関係がありません」と記したHPを発見。

6月30日(1945年)花岡事件

 1945年6月30日、秋田県大館市の鹿島組(現鹿島)花岡出張所に強制連行された中国人が、酷使と虐待に耐えかねて蜂起し、多数の犠牲者が出た。
 

たきぐち学さんがんばれ

 7月3日(日)は都議会議員選挙投票日。明日が告示日である。
 民主党公認候補たきぐち学さんは、話していて気持ちのいい、やさしいパパである。毎日区内を駆け回っている。今日の5時からは、菅直人衆議院議員が、たきぐち学さんの応援に町屋から日暮里へと宣伝カーを走らせる。
たきぐち学ホームページhttp://www.t-gaku.com/

6月23日(1945年)沖縄戦終結

 6月23日は、沖縄守備軍牛島司令官が糸満市摩文仁で自決した日。この日で軍の組織的な抵抗は終了したことをもって、「沖縄慰霊の日」とされている。沖縄戦関係資料閲覧室http://www.okinawa-sen.or.jp/index.html
が詳しい。
 写真記録「これが沖縄戦だ」太田昌秀編著 琉球新報社 には「沖縄戦は日本軍11万人が米軍54万8千人に立ち向かい、その間に住民がはさまれた残虐極まりない戦闘であった。大本営は、沖縄を本土作戦の捨石と考えた。陸軍は、航空軍を本土に温存して、現地軍の最後のたっての要請もかたくこばみ、派遣しなかったという。・・・・牛島司令官は、第32軍の使命は本土作戦を一日も有利にすることだと説いて会議はしめくくられたという。・・・・住民の犠牲十余万人、将兵の戦死者と上回り当時の人口の3分の1にあたる」とある。

藤澤元区長の裁判6.17

 6月17日の裁判を傍聴した。総務部長(当時)の証言で問題だなと思ったことをいくつかあげてみる。(以下、区長とは当時の藤澤区長のこと)
①区長が学校機械警備のA社社員4名を総務部長に紹介し、ほかのところでも実績のある会社だから使うことを検討するようにと指示。その後区長が再三A社をつかうように指示し、総務部長は、区内一括のほうが安いとは予想したが、分割して一部をA社が落札する方法を編み出そうとしていた。しかし、1984年から選定委員会で選ばれ、毎年特命随意契約で継続して警備してきたB社の入札値段は他社より安く、指名入札を行ってもB社が落札した。
*区長が特徴のある事業の検討を指示することはあるだろう。しかし、特徴の無い会社を特定して区の仕事を受託させようと指示する区長は×。裏金が動いたか?
*またしてもでてきた特命随意契約。これも検証すべし。
*区長の指示を受けてA社に仕事をまわすために、入札方法を変更したようだが、入札方法の変更理由の検討を担当は行わなかった?
②区長がスポーツセンター清掃委託のC社は○○議員の息子の会社だから新規からははずせと総務部長に指示。総務部長は政治的対立を契約に持ち込むのはよくないと進言した。その後区長は今受託しているものからもはずせと指示。はずせないなら、自分の政策を批判しないようにさせろと区長が発言。さらに、指名選定委員会で指名予定の会社一覧からC社を見つけて怒った。怒られた総務部長はC社を指名業者からはずした。
*区長は何でもできるってこと?一度はいさめた総務部長も区長に逆らえなかった。(几帳面な総務部長が区長がダメといった会社に×印をつけた書類を保管していたのはさすが)内部告発公益通報制度はやはり必要。現西川区長も公約しているので、何度も質問するのだが、区は不正防止委員会での議論を待ってとしか答えない。
今日はここまで。まだまだ続きます。
次回裁判は、7月1日(金)午後1時15分から 東京地裁530号法廷
            証人は高橋元助役