認知症の人のためのケアマネジメント

認知症の人のためのケアマネジメント~センター方式の使い方・活かし方
認知症介護研究・研修東京センター 発行
 
 話題のセンター方式の解説書。認知症の人の感情や行動を理解するために、ワークシートに必要事項を記入し、、関わる人が情報を共有して、その人にあった支援を行おうという方式である。お年寄りの人生を分析するのだから、大変な作業だが、ひとりひとりの好きなこと嫌いなことをふまえた上でのその人の気持ちに寄り添う支援が必要なのだ。
 今回の選挙で私は「ひとりひとりが輝く温かい街づくり」をめざすと位置付けた。認知症の支援で重要なのは「ひとりひとりが輝く」生活を保障するということだと思う。母の人生を振り返り、「ウキウキする」ことは何なのかを探っている。
 こどもや若者も同じだと思う。人によって輝くことは違うから、それを見つけることが大切。

当選しました

 4年前とまったく同じ2089票(32人中第10位)をいただき、当選することができました。心引き締めてがんばります。
 以下のように、HP上でのあいさつは禁止されていますので、ご了承ください。
(阿蘇市のHPより・・・わかりやすい!・・・ちなみに荒川区は記載なし)
選挙後のあいさつ行為の制限(公職選挙法第178条)
 選挙がすんだら、自分を支持してくれた選挙人に対して、お礼のあいさつぐらいしたいものですが、公職選挙法では、これらのあいさつ行為にも制限が加えられていますので注意しなければなりません。
 誰であっても、選挙後は、選挙人に対して、当選または落選に関してのあいさつをする目的で、次の行為をすることはできません。
 選挙後とは、投票日当日の投票所が閉ざされた時刻以降のすべてをいいます。
× 選挙人に対して、戸別訪問をすること。
× 文書図画を頒布したり、掲示すること。
× 新聞紙、雑誌を利用(広告)すること。
× 放送設備を利用して放送すること。
× 当選祝賀会その他の集会を開催すること。
× 自動車を連ねたり、隊伍を組んで往来したりして、「気勢を張る行為」をすること。
× 当選したお礼として、当選人の氏名、政党・政治団体の名称を言い歩くこと。

被災地に想いを寄せて選挙戦へ

 昨日、福島県立いわき海星高校へ段ボール2箱の文房具を送った。私からのメールを見て、別便で送った人もいる。今回のきっかけも、メール。メールが被災地救援の重要な手段となって、市民力・ボランティア力が大きくなっていると思う。それから考えると、東京都武道館のボランティア受け入れの開始はとても遅かった。受け入れ態勢を整える準備がなかったのだろう。荒川区でも昨年、ようやく、社会福祉協議会と協定を結んだばかり。実質どうなのか点検が必要だろう。
 荒川区社会福祉協議会http://www.arakawa-shakyo.or.jp/では釜石への救援物資を24日まで集めている。
 明日から選挙戦。今回は、自転車で区内を回ることにした。HPの更新などやたら禁止事項の多い公職選挙法も見直しが必要だろう。
 東日本大震災から、日本の立て直しが始まる。エネルギー政策も、東京一極集中も、便利優先の生活も。私達の本当の幸福のために、力をあわせよう。

尾久初空襲を忘れないコンサート

 第3回尾久空襲を忘れないコンサートが、今年は、4月17日1時半から尾久小学校体育館で開催される。
 地域の歴史として、「1942年4月18日本で初めての空襲が、荒川区尾久の地であった」を語り継ぐべきだと、郷土歴史家であり、都立尾久の公園の生みの親でもある、故野村圭佑さんから教えられ、12年前に議員になってから細々取り組んできたことが、小中学生の地域教育・平和教育のひとつとして、形になってきたことはとても、うれしい。コンサートを主催する尾久橋町会の皆様はじめ、関係者の皆様に敬意を表したい。
 日本の近現代史を学び、二度と戦争を起こさないこと、地域の歴史を語り継ぐことをさらに進めていきたい。

南三陸町訪問第3便の報告

みなさんへ
報告です。
 事務所に物資を届けてくださった皆さん、ありがとうございました。報告メールです。
4/10(日)、救援物資第3便(第4次現地支援活動)を実施。
 これまで通り午前5時前にハイムを出発。9時過ぎには長者原サービスエリア
に到着。
ここで鍼灸師団、東京労働安全衛生センター、アスベストセンター、労働科学研
究所とも合流、
今回はアスベストの環境測定の取材で新聞社なども同行。
途中で10トントラックも加わり、全部で8台の救援隊となった。
災害対策本部の三陸町ベイサイドアリーナに10時40分頃に到着。
すでに到着のリリアンさんたちのブラジル救援物資搬送団にも合流した。
道中、驚いたのはこれまでに比べ、道路が壊れていたことだ。
4/7の宮城県沖地震の被害が想像以上に大きかった。
至る所でひび割れやひどい段差が生じていた。
他の救援物資のトラックもこれまでより搬送に時間がかかっているとのこと。
救援物資をおろし終えた13時頃から、あうんの中村さんたちと二手に分かれ
て鍼灸師によるマッサージケアを行った。
志津川高校では、炊き出しの打ち合わせもおこなった。
私自身3度目、名無しの救援団としては第4次の現地支援活動だが、
津波の被害による惨状はあまり変わっていない。それでも電信柱が通りに沿って
建てられ、変電所も完成間近のようである。
志津川高校は小高い丘の上に在り、志津川ほぼ全域を見渡せる。未だ言葉が出な
い風景である。
マッサージケアは志津川高校、戸倉地区の自然の家、歌津地区の平成の森の3ヶ
所で夕方まで実施。
また、アスベストの環境測定の様子はNHKでも放送された。
支援活動を終えて、東京に帰り着いたのは午後11時半を過ぎていた。
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